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エイズ教育で重要なポイントは、エイズを自分も感染の可能性がある病気として受けとめ、自らの性行動を変えるところまでいかなければならないということである。
「エイズはゲイの病気だ」という熔印を押すことで、多くの人がこの病気を他人事と考え、自分を安全圏にいる者と思いこむところにエイズは蔓延して、現に欧米のゲイ社会での新たな感染者は減少傾向にある。
ゲイの人自身が立ち上がり、患者・感染者への支援と、安全なセックスのためのキャンペーンに力を入れてきたためである。
しかし、異性間性交による感染者は増え続けている。
アメリカでは、R大統領時代のエイズへの無策が今日の大流行の一因となった。
一九八七年までに、欧米諸国のなかで総合的なエイズ教育キャンペーンをしていないのは、アメリカだけだったという。
この年、R大統領は初めてエイズに関する演説をしたガンの内容はエイズの強制検査の実施だった。
怒りに燃えたゲイの群衆は、クリーヴージョーンズを先頭にホワイトハウスに向けてデモをした。
「歴史は忘れないぞ、Rの怠慢を」のシュプレヒコールが繰り返された。
すでにこの時点では、サンフランシスコだけでクリーヴを含めて数万人が感染し、発病者は三三〇〇人を越えていた。
R.Sは『そしてエイズは蔓延した』にこう書いている。
資源を誇り、立派な研究機関を備えていたにもかかわらず、アメリカはこの疫病への対応に失敗した。
原因は無知と恐れであり、偏見と拒絶を打破できなかったからである。
グリーグにとって、エイズを語るにはそれだけで充分だった。
エイズは偏狭な人びとの物語であり、偏狭は「国民にどんな影響を及ぼすかという実例だった」アメリカのゲイの人口は、相当な数にのぼるといわれている。
行政やマスコミが動き出す前に恋人や友人を次に喪い、ゲイのコミュニティが崩壊するのではないか、と危機感を持った人によって、エイズのボランティア組織が次と生まれた。
こうしたNGOの仕事は、エイズ教育と患者・感染者への支援活動だった。
S新聞のM.K記者は、アメリカのエイズNGOを取材し、「ボストンリビングセンター」にボランティアとして加わった体験を『ピープルウースエイズ』にまとめている。
五年後には三二人の常勤職員と七〇〇人のボランティアをかかえ、州政府今市からも財政援助を受けて、連携をとりながら活動している。
このようなNGOは全米で二〇〇あまりにのぼるという。
エイズ教育、電話相談、患者のケアを行うボランティアが増えるにつれて、「ゲイでない人」が多数参加するようになった。
プロジェクトのボストン地区のメンバーやエイズ患者を中心に、キルトの寄付を基金として誕生した。
ボストン市内の便利な場所にあり、患者・感染者だけでなく、「エイズに影響を受けた人」なら誰でも利用できる。
講演会、パーティー、美術や語学の教室なども開かれるフリースペースである。
M.K記者はアメリカの市民の活動と行政のエイズ対策が、「予防」と「支援」の両輪で行われていると報告したうえで、日本の現状をこう批判する。
「対策が予防の視点のみにかたより、HIV感染者が存在していることにも、そのサポートが対策上、大きな意味をもっていることにも思いが至らなかったためであり、第二にすべてを医療や行政によってコントロールしうるという考え方が強く残っていたためである。
〔中略〕各国のエイズ対策を見ても、費用対効果の高い対策は、政府がエイズ患者やHIV感染者のケアとサポートを目指すNGOと良好な協力関係を保ち、NGOの活動を支援する体制をつくりあげたときにはじめて実現しているからだ」日本の一九九三年度国家予算でエイズ関連予算は一〇〇億円を突破し、政府のエイズ対策への意気ごみを示すものとされたが、このなかに、エイズNGOへの支援項目はなく、エイズ患者のためのホスピス構想がもりこまれている。
これに対して血友病のHIV感染者を支援する団体からは、強い拒否の声があがった。
日本のように一般の診療機関がなかなか感染者を受け入れない現状で、エイズホスピスを作れば、遠隔地におかれた隔離病棟となり、患者は自分が住んでいた地域から切り離されて孤独な死を迎えることになるのではないか、という懸念からである。
予算を投入するなら、まず地域のエイズ診療体制を作ってほしいいいう主張はもっともである。
行政サイドが現状を把握せず、勇み足になっているのだと思う。
アメリカにはエイズホスピスがいくつもある。
私は一九八八年二月にJ大学のA.D教授が引率するホスピスツアーに参加し、日本の医療関係者たちとアメリカのホスピス八ヵ所を視察したことがあった。
「ガン告知」の番組のための取材だったが、ガンの末期患者のために作られたホスピスにエイズ患者が何人も入っていたし、エイズホスピスとして建てられたものもあった。
当時、全米には一八〇〇のホスピスがあった。
日本でホスピスというと、かつての結核療養所のイメージが強い。
人里離れた自然のなかにひっそり建てられた施設を思い浮かべるのだが、アメリカではまったく違う。
都心や住宅地の中にあって、病院のようではなく、カジュアルな普通の家に近い。
そこは家庭でケアができなくなった末期の患者が、亡くなるまでの数力月を過ごす施設で、積極的な延命治療はしないが看護婦、カウンセラー、栄養士、ソーシャルワーカー、宗教家などのスタッフがチームを組んで患者を看ている。
ケアの大きな部分は、地元の市民のボランティアに依っている。
家族や友人の見舞いは自由。
病室にペットをもちこんでいる人もいた。
いくつか見て回るうちに、ホスピスというのは施設や建物を指すのではなく、末期の患者の苦しみや痛みをとりのぞき、人間らしい充実した時間を保障しようとする末期医療の考え方そのものを指すのだということがわかってきた。
在宅患者への訪問看護がホスピスの仕事の大半という所もあった。
病院の中のホスピスは、ホスピス病棟を指すこともあれば、R病院のように、一般病棟に点在する患者と彼らをケアするホスピスチームを指すこともあった。
どのホスピスでも、生きいきと働く看護婦とボランティアの姿が印象に残った。
快適な部屋で、十分なケアを受けている患者の表情は明るかった。
マザー・テレサがワシントンの住宅街に建てたエイズホスピス「ギフトオブピース」は、教会の施設を改造したもので、豊かな木と芝生に囲まれたこじんまりした建物だった。
一九八七年初頭にオープンし、一年間に三五人の患者を看取ってきた。
私たちが訪ねた時には、一五人のエイズ患者がいた。
ケアをするのは、シスター六人、実習中のシスター一一人、ボランティア四五人で、医師は近くのG大学病院から三人が交代でやってくる。
インド人のシスターDは、「ここは優先的に恵まれない患者、家族もお金もない人を入れています。
二〇代の男性が多いですが、この間八歳の女の子が亡くなりました」と、いたわしい表情で病室を見せてくれた。
そこにはたくさんの小さな人形やネコの写真、リボンが残されていた。
すでにこの少女の父親もエイズで死んだと言う。
「ここに来た人は最後の日まで、愛されているという体験をしてほしいと思っているのです。
決して一人ぼっちにならないように、平和で家庭的な雰囲気のなかで暮らせるよう、努力しています」
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